登校拒否を考える親・市民の会(鹿児島) 登校拒否も引きこもりも明るい話


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体験談

2008年3月発行ニュース
登校拒否を考える親・市民の会(鹿児島)
会報NO.142より

登校拒否を考える親・市民の会(鹿児島)では、
毎月の例会の様子をニュースとして、毎月一回発行しています。
その中から毎月1/4から1/3程度をHPに載せています。


体験談(親の会ニュース)目次はこちら





「心配」しないで「信頼」する

2008年2月例会報告


カウンセラーの「子どもの要求を受け入れなさい」というアドバイスに従って、関係がいっそう悪くなったという体験が複数の方から話されました。


親が子どもの言いなりになっている。それは子どもが本当に望んでいることでしょうか。
そうした親の姿を見て、子どもは安心できるでしょうか。自分を肯定できるでしょうか。


正反対ですね。
その状態が続くと子どもはますます自己否定を強め、無理難題をエスカレートさせていきます。


子どもの表面的な言動にごまかされないで下さい。
子どもは無意識のうちに親を試しています。
「本当に今の僕(私)を認めてくれるのなら、嫌なことやおかしいことは拒絶してほしい。僕(私)に普通に接してほしい」と思っています。
心配ばかりしないで信頼してほしいと思っています。


わが子をおおもとのところで信頼できれば、迷いながらも、「鹿児島の親の会の3原則」を実行に移せるのではないでしょうか。


3原則の第一は、子どもの状態を異常視しない、
第二は、子どもの言いなりにならない、
第三は、腫れ物に触るような接し方をしない、ということです。


この三つは、私たち親が自分の人生を主人公として生きていくことと密接不可分です。


兵庫の惠さんは、同居していた夫のご両親と別居を決意し、新しい生活を始めました。
Kさんは、お正月に夫の実家に帰りたくない気持ちを夫が理解してくれたと嬉しそうでした。
Y子さんは、夫に自分の言いたいことをガマンせず言えるようになったと言います。
Mさん夫婦も、互いの気持ちを大切にして率直に話し、一同大笑いでした。
T子さんは、「何十年も自分を肯定できなかったけれど、親の会と出会って初めて自分を認められるようになった」と感慨深げでした。


親の会があって、私たち親がまず元気になれる。うれしいですね。
2月例会も、感動がいっぱいでした。みなさんありがとう!





目次

1 親の会との出会いが私の人生を変えた  松田惠さん

2 不登校や引きこもりは見方・考え方の問題  内沢 達

3 不安のかたまりだった私がこんなに穏やかになって・・・ Nさん(母)

4 「できないおかげで、できもする」  内沢 達

5 親の会と出会って、初めて自分を肯定できるようになった T子さん





親の会との出会いが私の人生を変えた
  松田惠さん



こんにちは。はじめまして。兵庫県から参加しました。
初めはユーミンでHPの相談掲示板に書き込みをしていました。


高1の息子が昨年の10月から学校に行けなくなりました。(涙)
1学期の6月、初めと終りに2,3日休みましたが、それが行き渋りだったと後でわかりました。
中学時代も疲れやすい子でよく寝ていましたが、休んだことはありませんでした。
9月は1週間おきに1日ずつ休み、10月になって息子は「もう学校へは行かない」と宣言しました。


同居していた夫の父が「こんなに弱い子でどうするんだ」と言いました。
とっても元気な義父なんです。(笑)


そういうのもあって息子は無理して行っていたんでしょうね。
その息子がある日、「なんで学校に行かんとあかんの。どうしておれが学校にいるのかわからなくなった」と言って、頭を抱えて座り込み、「もう無理や、ひとりにしてくれ」と言って自室に引き上げました。


義父の目があったので、私は「うるさいおじいちゃんがいるから、行くふりをして出て行って、またすぐに帰ってきたらいい」と言いましたが(笑)、息子は「そんなことをいちいち気にせんでいい」と怒りました。


―――
大した息子さんですね。あなたはお嫁さんだから、お義父さんへ気を使っていたのね。


我が子が不登校になるなんて青天のへきれきでした。
私は無理やり登校させることはしまいと思っていましたが、不安でたまりませんでした。


息子は精神的にとても疲れやすいということは、私自身がそうなのでよくわかりました。
3ヶ月前に職場の同僚の娘さんが高3で不登校になり心療内科へ行ったと聞いていたので、息子を心療内科へ誘いました。
しかし息子は「いやだ」とはっきり言いました。


それでも私は自分の気持ちを沈めるためにひとりで出かけました。
息子の様子を話したら、「父性が欠落している」と言われました。(笑)
夫は何も言わない父親で、私たち夫婦の関係も良くなかったので、それが息子を不安にしているのだ、私のせいだと思ってしまいました。


―――
子どもが学校に行かないのを夫婦仲のせいにされたらたまったもんじゃありませんね。あなたは夫へ「父性の欠落と言われた」とおしゃったの?(笑)


その言葉を私も信じてしまいました。(笑)
でも息子は父親を嫌っているわけではない、父親も息子のことを大好きだとわかっていましたから、(涙ぐむ)夫を責めてどうなるものじゃないし、責められていい父親になるわけじゃない、責められていい嫁になることではないと思ったんです。


息子の不登校をきっかけに私は1日中HPを検索して、いろんな親の会を探しました。


何か原因があるんだろうと思っていましたから、それを取り除けば学校に行けると思って、ノウハウを求めていろんなHPにアクセスしました。
しかし息子を見ていたら、何か違うのではないかと思って・・・。


そしてやっと鹿児島の親の会のHPに出会ったのが去年の10月でした。


―――
すぐに相談掲示板に書いて、自分自身が我慢しているんじゃないかと気がつかれた訳ですね。


息子が学校から離れたいと思ったタイミングと、私が夫の両親と同居している今の環境から離れたいという堪忍袋の緒が切れたのと一緒でした。


息子が不登校になった日に義父と私はケンカをしました。
義父は「学校に行けなくなったのはお前たちのせいだ。お前たちのやっていることは見ていられない。甘やかしている」と言いました。
私は「子どもたちのことは私たちにしかわからないから、口出ししないでください」と言いました。


―――
強いお嫁さんですね。(笑)


はい。「もし無理やり、学校に行かせて、息子に何かあったらお義父さんに責任が取れるのか」と言うと、義父は「そんなことは知るか」と言いました。(笑) 


「それなら黙っていてください」と言い、達さんの論文をコピーして渡したら、「学者の言うことばかりを信じて。人生経験のある俺らのことは信じなくて」と言われました。(笑)


15年間同居していたんですが、このことがあってすぐに別居しようと思いました。いろいろストレスがたまっていたし、信頼されていないことがちょこちょこありましたから。


孫かわいさゆえなんですが、「お前たちが全部悪い。息子(夫)が何も言わないのも妻であるおまえのせいだ」とも言われて。


その頃私は夫のことは嫌いではないけれど、私にとって負担になっていました。息子の目の前でけんかしたこともありますし、何回も本気で別れようと思ったこともありました。


だけど、息子の不登校のおかげで、本当に嫌いなのかと言えば、違う、失いたくないという気持ちに気がつきました。
転居のことは夫が義父に話してくれました。引っ越しをきっかけにして夫婦の関係も変わりました。夫をかけがえのない存在だったんだと気がついたんです。

しかし、息子はすごい言葉でどんどん責めてきました。
「お前のせいでこうなった。全部書け。謝れ、仮面夫婦!」と、先月の会報に載っていた方のような中身でどんどん責めてきました。


今までの生活がそういう影響を与えていたのかと思うので、言われていることがグサッ、グサッと胸にくるのです。怖いでしたね。
もう泣きながら引越しの準備をしました。
もう不安で不安で・・・。息子は私たちとは一緒に引っ越さない、「ここに残る」と言いました。


―――
攻撃されるわ、引っ越しについてこないと言われるわ、あなたは泣いていましたね。


はい、怖くて、怖くて。その息子が一緒に引っ越したんです。(笑)
昼夜逆転しているので引越しの準備もしないまま、息子は着のみ着のままでついてきました。


―――
ついてこないと言っていたのがついてきて、嘘みたいでしたでしょう。


びっくりしました。まさかあんなにけろっと変われるなんて。子どもだなあと思いましたね。


朋子さんに「絶対に来ます。遅れても来ますから、とにかく子どもを信頼してください」と言われました。
本当だろうかと思いつつ、引っ越す直前まで子どもを信頼していなかったです。
親の会の法則とか、朋子さん、達さんに言われた言葉を息子よりも先に丸のみにして、やってみたら本当にそのとおりになって、もうびっくりしました。


それと同時に自分自身が自由になりました。
そうしたら息子とも自然に接することができるようになり、何か魔法をかけられたようです。


長年「別居ができたら」と思っていました。経済的なことや子どもの環境を変えるのはかわいそうと思っていたので、絶対に無理と思っていたんです。


―――
誰にも気兼ねすることなく、親子4人で暮らせて幸せでしょう。(はい) 自分が疲れていたことに気づいて、自分を大切にするようになったら、子どもたちのことが一層可愛くなったでしょう。


かわいいのはもちろんかわいいのですが、最初は不安の方が大きいでした。
今はもう学校や不登校へ対する不安は全くなくなりました。


息子のイライラを見ても、私たちのせいではないので、もうほうっておこうと思えるようになりました。
娘は3学期は1日休みましたが、今学校に行っています。


この頃は学校に行く、行かないはあまり問題じゃないな、と思うようになりました。
2学期娘がすごく疲れていましたので、無理して行っているんじゃないか、この子もいつか不登校になるんじゃないかと思って、行かないのだったら早く楽になってほしいと思ったりしましたが、今は行く、行かないも気にならなくなりました。


―――
あなたは早い時期にここのHPと出会ったおかげで、辛い毎日はほんの少しだったんですね。気持ちが楽になって良かったですね。
息子さんのことを信じ切れなった時の気持ちを大切にしないといけませんね。



そうですね。あの時の息子のメールは怖くて、ちょっと前までは見たくなかったけれど、今日はそれを見ながら来ました。本当に今は「ああ、こんなに辛かったんだなあ」と息子の辛さがわかります。


―――
息子さんのことは何も心配いりません。自分で解決していきますから。あなたが笑顔でご夫婦が仲良く楽しく生活していたら大丈夫ですよ。






不登校や引きこもりは見方・考え方の問題


内沢 達



ちょっと高度な、しかし簡単なやさしい話をします。
不登校は子どもの問題ではありません。では、親の問題なのか?
それも違います。


たしかに、不登校になって子ども自身が不安なとき、親まで不安にならないほうがもちろんいいです。
ところが、簡単にはそれができません。少なからず親もいっしょに不安になってしまう。


そこで、人によっては「親がそうだから、子どもの不安が大きくなってしまう。
だから、親の問題なんだ」と考えるかもしれませんが、どうでしょう。


僕はその考え方に賛成できません。
それは、子どもの今を二重に否定しています。
親は最初に自分のありように関係なく、不登校のわが子を否定し、次に「親の私(僕)がこうだから、息子(娘)も・・・」ともう一回否定します。
その見方では、子どもも「僕(私)がこうだから、お母さんやお父さんを不安にさせ、心配をかけている」と自己否定を強めます。


人間は誰しも不安なときは不安なままでかまわないと思います。


「親だから、しっかりしなくては」とか、「親だから、○○でなくちゃいけない」などということは、じつはほとんどないと思います。
親だって不安になるし、親も大いに揺れてもかまいません。
ただしです。そのときは、子どもを巻き込まないで一人でそうなってほしい、ということです。
「子どもを巻き込まない」という点が肝心で、「一人」に力点があるわけではありません。
父親、母親が二人とも不安になる場合があるでしょう。


ところで、親は子どもが不安なときこそ「でーん」と構えておられるか。
それが自然にできたらもちろん一番いい。
でも、いまはそういかない。そういう自分、不安になってしまう自分も大いに認めてあげてください。


不登校は子どもの問題ではないし、親の問題でもありません。
では、誰の問題なのでしょう? 学校や教師の問題でもありません。
じつは、不登校は誰の問題でもありません。
不登校は良くないことだと勝手に決めつけているから、原因や犯人を探そうとして「誰が問題か」などと考えてしまうだけです。


僕らはそうした考え方と無縁です。
不登校や引きこもりは、そのこと自体に問題があるのではなく、見方・考え方の問題です。
僕らの会のように、不登校を明るく捉えられるようになると違ってきますが、
そのような見方ができなくて、大人であれ子どもであれ、責めなくていいことで自分を責め、苦しまなくてもよいことで苦しんでいる。
問題といえば、そういうことが問題です。


不登校や引きこもりは否定的に捉えられるべきことではなく、反対にとても良いチャンスです。
子ども自身の成長にとっても、家族の幸せにとってもチャンスです。


不登校には一面たしかに苦労がともないます。
なにしろ「不登校は良くないことだ」というのが世の常識で、そのなかで生きていこうとすることなのですから。
引きこもりにはいっそう否定的な世間の評価があります。
でも、見方を変えれば、苦労もともなうからこそ、「自分の人生の主人公は自分!」ということを本当にそうだと思えるようにもなるのではないでしょうか。
学校や世間にあわせてばかりでは、自分の人生なのに誰が主人公なのか、わからなくなってしまいます。


「若いときの苦労は買ってでもしろ」と、昔からよく聞きますね。
苦労の効用を言ったものですが、わざわざ買わなくても黙っていても転がり込んでくるのが不登校や引きこもりにともなう苦労です。
でも、それも考え方次第で、苦労が苦労ではなくなり、「自分の人生って、本当に自分が主人公なんだ!」「自分次第で人生が素晴らしくなるんだ!」と実感してゆけるチャンスです。


僕なんかはとても弱く臆病な人間です。
自分自身が大きな手術をしても、もともと苦手なせいか、テレビなどにちょっとでも手術場面の映像が出てくると直視できません。
目をおおったりします。こわいんです。


バイパス用に静脈を採ったので左足の血のめぐりが悪く、しびれがずっとあります。
ときに相当です。でもしびれですから、我慢できないほどということはありません。
なのに、僕は愚痴ります。
そこで、トモちゃんから「あー、またまためーめーが始まった!」などと言われたりしています。
僕自身がそうですから、弱いことが悪いことだとは全然思いません。
弱くたっていんです。弱いのが人間です、などと開き直ったりします。


でも、強いこともいいじゃありませんか。
不登校や引きこもりは子どもや若者を鍛えてくれます。
まわりに流されないで、たった一人で不登校や引きこもりをする。
そのこと自体が弱くてできることのように僕には思えません。


嫌なこと、したくもないことを自分に鞭を打ち無理をしてでも頑張ってする。
それが強いことだとは僕には思えません。
嫌なことやしたくないことはしない。誰がなんと言おうが、自分の気持ちにうそはつかない。
そちらのほうがよほど強いと思います。


また本当の厳しさって何なのかも考えさせられます。
子どもに対しては厳しさも必要でしょう。
でも、それは大人の言うとおりにさせることではないと思います。
むしろ、大人は口出ししないで、事前の選択も事後の結果についてもすべて子どもに委ねる。
前者は大人の言うとおりしていればいいんですから、ある意味で全然厳しくないんです。
後者のほうが、自分で選んだんですから結果についても自分で責任をとらなくてはいけない。
こちらのほうがよほど厳しいんです。


不登校や引きこもりの子どもたちには、たしかに苦労も多いことでしょう。
でも、だからこそ、いま述べたように子どもや若者たちを強く、厳しく鍛えてくれます。


子どもたちは意図的ではなかったにせよ、せっかくそういった成長のチャンスにあるのですから、親は子どものことは子どもにまかせて余計なことをしない。
子どもが悩んでいるときはとことん一人で悩ませてあげる。


「わが子がかわいそう」とか「助けてあげたい」とか
「楽にしてあげたい」などという気持ちは、子どものことを考えているようでじつは正反対です。
親自身の不安を子どもに向けているだけです。
親が子どものことを心配しているようではまだまだです。


親は子どものことではなく、自分自身のありようを一番に考える。
親が自分を大切にして自身のことに一生懸命になってくると違ってきます。
自分の人生の主人公は自分!です。大人も子どもも課題は同じではないでしょうか。





不安のかたまりだった私がこんなに穏やかになって・・・

Nさん(母)




息子は、昨年高1が終わる3月に退学し、家で過ごしています。
1年の1学期は1日も休まずに行き、夏休みの補習も行きましたが、
部活でずっと辛い思いをしていたみたいで、10月から休み始めて、11月から行かなくなりました。


行かなくなった時は、心療内科だのといろいろ慌てたんですけど、息子は全然学校に未練がないという感じで病院も拒否しました。
私の方が学校を辞めた後も辛かったんです。
息子はそれから引きこもりの生活をしています。


2週間ぐらい前にCDが欲しいと電気屋さんに車で一緒に行きました。
その時私は穏やかな気持ちになって「高校を辞めてよかったねえ」と言ったら、息子は「俺もそう思う」と言いました。
高校を辞めたことに二人で触れたのはそれが初めてでした。
そして息子は「理科とか数学や英語はすっかり忘れたけど、でも覚えたことがある」と言いました。

私は皮肉めいたことを言う悪い癖があるんです。(笑)
「あっ、良かったね。あんたが覚えたことは月曜日はテレビは何がある、火曜日は何があるということだね。確かにそれは即答できる、覚えたねえ」と言ったら(大笑)、
「それもそうだね、でも、それだけじゃないけどね」と言いました。


HPの掲示板のサクサクさんを読んで、私も1年前は地獄のような真っ暗闇の中にいたなあと思いました。
息子は自己否定がすごく強かったんです。その頃は息子はベッドと床の狭いところに入り込んで出てこなかったことがありました。
「何でそんなところにいるの?」と手を触ったらすごい冷たくなっていて、この子はこのまま死んでしまうかも知れないと思ったことがありました。


あの頃に比べたら、自己否定の塊だった子が「高校を辞めてよかった」、「でも、覚えたこともあるんだぞ」と自分を肯定する言葉が出てきているのがすごく嬉しかったんです。


―――
何を覚えたの?


何を覚えたんでしょうね。(笑)
たぶん、ラジオをよく聞いていますので・・・。
この前、「左ヒラメに右カレイというから」と魚を見て言うので、そんなことを知っている子じゃなかったんです。
だから、こんなことを覚えたと言っているんだろうなと勝手に解釈したんです。(大笑)


私の気持ちも1年前と比べるとずい分穏やかになっているんですけど、町で制服姿の元気な高校生を見れば、「うちの子だってこんな青春を送るはずだった」と思うんですね。


だけど、この会で学んでいるものですから、「そんなことは私が考えることじゃないわ。息子が決めることだ、この子の人生だから」と考えをパッと切換えられるようになっている私も偉いと思います。(笑)
そういう日ばかりじゃないけど、あっ、これが「出来ないおかげで出来もする」と、そういうことかな、と思ったりして過ごしています。
あんなに不安の塊だった私の気持ちがこんなに穏やかになり楽になりました。


―――
先月あなたのお母様やお姑さんのご病気のことで大変でしたね。
元気になられたのですか。もう行かなくても良くなったのですか。
 


はい、もう行かなくていいんです。


―――
それで、すごく穏やかになられたのね。(笑)
自分に無理をするとイライラするものね。


夫の母が退院したので近くのお寿司屋さんで退院祝いをしたんです。
その時、義母に「息子のことで心配かけています」と言うと、「何も心配していないよ。自分で考える頭を持っているから心配していない」と言ってくださって、いつも優しい義母なんですけど、その時は特別にとても嬉しかったです。


―――
あなたはお気持ちがホッとしてね。よかったですね。


そんな日ばかりでもないんですけど(笑)、しばらくはいいです。
でもあの時期に親の会に出会っていたら、ここまで息子を傷つけなかったのになあと思うんです。
私が親の会を知ったのは、息子が辞めて5月になってからでしたから。


―――
また、息子さんに当たりそうになったら、そういうときのことを思い出してくださいね。(笑)






「できないおかげで、できもする」


内沢 達




いま、Nさんが言われた「できないおかげで、できもする」という板倉聖宣さんのことわざ・格言についてです。
普通は、「できる」ことはいいけれど、「できない」ことはダメなことのように、みなさんが思っている。
「できる」と「できない」を比べたら、「できる」ほうがいいに決まっていると。
でも、そうとばかり言えないのではないかというのが、このことわざ・格言です。


「できない」ということが、反対に、たいへんな可能性を秘めている。
いや、可能性だけでなく、実際に「できない」からこそできちゃうんだという見方です。
たとえば、不登校の子どもは、つまり学校に行くことができない子は、普通に学校に行っている子にはできないことがいっぱいできます。
料理が得意になったり、好きな本や漫画をいっぱい読んだり、パソコンにも強くなれます。


「少しの知識が役に立ち」ということわざ・格言もあります。
これまた普通、知識は多ければ多いほどいいと思われています。


でも、必ずしもそうとは言えないんですね。
いっぱい知識があったって、多くの場合それは試験かクイズのときにしか役に立っていない。
日々の人生に本当に役立つのは多くの知識とは限らない。
少しであっても、いろんなことに応用が効く知識であったり、本当に自分のものにしている少しの知識が役に立つという見方です。


いま学校ではいろんなことが教えられ、子どもたちはたくさんの知識を身につけているけど、本当に役立っているかと言えば、大変疑問です。
初めて「登校拒否は明るい話だ」「引きこもりだって明るい」と言った板倉聖宣さんは、「学校教育の成果は足し算か掛け算か?」と次の二つの式を示して問題を投げかけます(板書)。


(1)学校教育の成果 = 学力 + 意欲 
(2)学校教育の成果 = 学力 × 意欲 


学力とはこの場合だいたい知識のあるなしだと思ってください。
もし、(1)が正しければ、日本の子どもたちは意欲が低くても知識はかなり身につけていますから、学校教育は結構な成果をあげていることになります。
でも、(2)が正しいとするといったいどういうことになるのでしょうか。


昨年12月の例会で紹介しましたけど、先進各国に共通しているんですが、日本の子どもたちはその中でも特に、断トツとも言ってよいほどに、勉強への意欲や関心が低い。
たとえば、数学ができる、つまり学力は相当なものがあるのに、数学の勉強はたのしいとは思っていない。


高得点をとっているのに、数学への自信度を聞かれるととても低い。
将来の職業選択に向けても、数学が大事だとは思っていない。
もっと数学を勉強したいですか? したいと思わない。言わば、もう結構!という感じです。


だとすると、どういうことになるでしょうか。
知識はあっても、意欲や関心がなければ、式は掛け算のほうが正しいとすると、その学校教育の成果はゼロだということになりませんか。


このことからも学校に囚われていたらダメだということがはっきり言えます。
子どもたちは、学校で教えられれば教えられるほど知識は身につけるけど、意欲を低下させています。
勉強すればするほどできるようになっているんだけど、自信をなくしたり、「もう勉強なんて嫌だ!」と思わせているんですから、おかしな話ですね。


そうした教育は失敗しています。
失敗している学校教育にはこだわらないで、適当につきあっていったらよいのではないでしょうか。


そういうゆとりが意欲や関心を育てます。
この世の中を生きていくうえで本当に役に立つ勉強にいくつになっても一所懸命になれると思います。
そういうことで、子どもが学校に行く・行かないということにはこだわらない僕らの会に希望がいっぱいあると思います。






親の会と出会って、初めて自分を肯定できるようになった

T子さん



今の方のお話を聞いて、私もすごく共感できました。
私も結婚してから、毎年お正月とお盆は、死んでも夫の実家に行かないといけないという感じでした。


子どもが赤ちゃんの時に夫の実家で熱を出してしまい、共働きでしたので、私の母に熱を出した子どもを預けて仕事に行きました。
母もうんざりという感じで、それが何年も続いて、結局私が病気になって倒れてしまったんです。
離婚できて気持がとっても楽になりました。(笑)


元夫の父は以前町長で、付き合いも多く、嫁は大変でした。
そういう家でしたので、行きたくないと私が元夫に言うと、認めてくれずにいつも喧嘩になっていたんです。
だから余計お盆とお正月は嫌でした。
いまだにお盆とお正月はそれが尾を引いて気持ちが落ち込んでいくんです。


今でもまだまだ恐怖を引きずっていて、夕方駐車場の門を閉めに行ったり、ゴミを出したりするのも怖いんですよ。
元夫がいるはずはないのに怖いんです。


―――
あなたの元夫はあなたの人格を否定して、あなたは自分を否定し続けた人生を送って引きこもり、ずいぶん苦しみましたね。
先日、離婚祝賀会をしたのよね。あなたの言葉でとっても大事だったのは、「絶対出来ないと思っていた離婚が出来た自分を自分で誉めてあげたい」と言ったのね。
私はほんとにいい言葉だなと思いました。やっと自分が人生の主人公になれたという喜びと自信が伝わってきましたよ。



達さんの「引きこもることは大事」という言葉に納得できました。
自分が何年か引きこもって、何もしていないと自分を否定していたけれど、引きこもっている間にエネルギーをためていたんだな、だから離婚の調停にも毎回エネルギーがあったと分かるし、毎回この会でいろんなことを学ぶことが出来て、またエネルギーをためることが出来たし、すごく良かったなと思います。


―――
引きこもっているというのは、何もしていないんじゃない。エネルギーをためているんですね。大事な言葉ですね。


それとですね。私はほんとは学校は嫌いだったんですよね(笑)。
小学校も中学校も高校も嫌いだったのに、たぶん無理して行ってたんです。
人に「私は学校は嫌いだ」と言っちゃうと変人と思われる、自分の気持ちを封印して自分で自分を否定していたところを、この会に来て、不登校の子どもたちのことをいろいろ聞いて、そういう昔の自分を認めてあげられた、そういう点も良かったなと思います。


あーいう自分でも良かったんだという、それまで何十年も自分を肯定出来なかったけど、親の会に出会って初めて自分を認められるようになったことはとても良かったと思います。
離婚をお祝いしてもらえるって、みんなうちの親戚なんかびっくりしています。(笑)


―――
よかったですね。これからどんどん明るくなって、コーラスの会に行ったり、カラオケに行っても1時間も歌えなかったのが3時間も歌えるようになったんでしょう。信じられないでしょう。


自分は外に行って人との接触は出来ないダメな人間なんだ、一生このまま日陰の人間で終わるんだろうと思っていたので、信じられないですね。
娘も、不登校になった中学のとき、外にも出られなくなり壊れるんじゃないかと不安だらけでした。
今、大阪でアニメの専門学校に行って、バイトも週に3日やって元気にしています。


―――
娘さんは中学で不登校になって、高校に入ったけれど7月30日に辞めたのね。あなたも「せっかく入ったんだから、行ったほうがいいんじゃないの」と言ってね。


私も、その時は動揺して、せっかく入った高校に行ってくれたら、楽なのにな、でも、子どもが行きだしたら、親の会に来る理由がなくなるな(笑)、自分のためには困るなあ、と思っていました。でも辞めてくれて、今は感謝しています。(笑)


―――
今、あなたはお母さんの実家に息子さんと三人で暮らしているのね。お母さんにも、不登校の時不安をたくさん言われたこともあったけど、今は言われなくて。


でも、母も疲れたのか、ボケてはいないんですけど、昨日テレビで見たニュースを今日を見ても、「エーッ」と言うんです。(笑)
ものすごいしっかりしていた人なのに、私もそういう母を認められないんでしょうね、イライラして、ついつい「しっかりしなさいよ」と言っちゃうんです。


―――
良治さんが言っていましたよね。認知症のお母さんについ厳しく言うと、「そんなことを言うんだったら、私は、もう死ぬ」と不安がいっぱいになってしまう、そこで明るく「出ました。お母さんの“死にたい”が!」とかわしているというお話でしたね。
人は誰しも愛情を持って接したとき、心が柔らくなっていきますね。あなたも、あなたのあるがままを受けとめることが出来たように、お母さんにも優しさが大切なのですね。





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Last updated: 2008.4.5
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